宮殿で泳ごう                   

 

ドイツ西部の森林地帯は、粉砂糖をまぶしたように、雪でおおわれていた。その一角にある、なだらかな山並みに抱かれた小さな町から、零度以下の空気にあらがうように湯煙がたちのぼっている。二千年の歴史を持つ保養地として知られるバーデン・バーデン。紀元一世紀頃にこの地に進出したローマ人たちは、水温が七0度にも達する温泉を発見した。

 

すでに当時から鉱泉水に入浴することは、身体に良いと信じられていたようで、ローマ人からアクエーと名づけられたこの集落は、現在のストラスブールに駐屯していたローマ軍兵士の保養地として発展した。特にローマで大浴場を建設したカラカラ帝の時代には、アクエーにも大理石を使って浴場が建設された。冬には気温が零下二0度まで下がることもあるこの地で、アクエーの温泉は、故郷を遠く離れ、蛮族との戦闘で心をざらつかせていたローマ軍の兵士たちに、束の間の憩いを与えたに違いない。この町には、今でもローマ人が築いた浴場の壁の跡が残っている。

 

さて、この町を囲んでいる丘のふもとに、彫像をふんだんに配したルネサンス風の建物がある。何も説明を聞かなければ、美術館か宮殿にしか見えない豪壮な建物だ。これが、フリードリッヒ浴場と呼ばれるドイツで最も豪華な公衆浴場なのである。ちょうどローマ人が作った古代浴場の遺跡の上に建てられている。一八七七年にフリードリッヒ・フォン・バーデン公爵の命によって建設された浴場は、蒸気風呂や休憩室など三十近い部屋に分かれており、十九世紀の建物らしくどの部屋も天井が高く、広々としている。蒸気風呂はフィンランド風のサウナとは異なり、木材が一切使われておらず、人々はオリンピックの表彰台のような階段の上に、立ったり座ったりしている。室温は四十八度とフィンランドのサウナほど暑くはない。それでも、ミントのようなハーブの香りを含んだ蒸気が、部屋の一角からもうもうと立ちのぼり、猛烈な湿度になっているため、五分間も立っていると全身から滝のように汗が流れ落ちる。

 

ここで身体を十分に温めた後、迷路のような部屋を抜けて、フリードリッヒ浴場の中心にある、大理石の円形プールに飛び込む。天井を見上げると、ローマのパンテオンかサン・ピエトロ寺院の円蓋を思わせる巨大なドーム。教会の中にでもいるかのように、人々の声や水音がこだまする。このローマ風の丸屋根の下で、ハーブの香りをかぎながら泳ぐ気分は格別である。おそらく世界で最も贅沢なプールではないだろうか。

 

その隣のプールの水温は三六度で私にはちょっとぬるすぎたが、ギリシャ風の彫刻を眺めながら、ぬるま湯にぼんやりと身体をひたすのも悪くはない。また蒸気風呂で汗を流した後、水温十八度の冷水プールに飛び込むのも、身体が一気にひきしまり爽快である。二十ユーロ(約二四00円)で三時間入っていられるので、部屋から部屋へとめぐって、何回も温度の異なる浴槽につかれば、しばし俗世間を忘れることができる。浴場が混雑して芋の子を洗うような状態になるのを避けるために、入場制限によって内部にいる客の数を厳密にコントロールしたり、着替え室やシャワー室などを、極めて清潔な状態に保ったりしている点も実にドイツ的である。

 

もう一つドイツならではの側面がある。それは、フリードリッヒ浴場では月曜日と木曜日を除くと、常に男女混浴であるという点だ。しかも水着の着用は禁止されている。私が訪れた時も、老若男女が全裸でゆうゆうと泳いだり、湯浴みをしていた。こういう所に来ると、ドイツ人には裸体に関する羞恥心というものがいかに少ないかが、よくわかる。ドイツではFKK(裸体文化)という運動が戦前から存在し、全裸の日光浴や水泳が社会の中で公認されているのだ。日本人は、前を隠したり、おどおどしたりしているのでとても目立つが、ドイツではむしろ堂々とした方がいいようである。慣れるとわかるが、水着なしで泳ぐのは、実に気持ちの良いものである。その意味でも、フリードリッヒ浴場での三時間は、日本人には貴重な異文化体験となるだろう。